デビュー作「百六十度」から約1年半ぶりとなるフルアルバム完成。
圧倒的な歌唱力とピアノで繰り出される楽曲群は、聴く者を一篇の物語に誘うかのような説得力を持って迫ってきます。

デビュー作「百六十度」から約1年半ぶりとなるフルアルバム完成。 圧倒的な歌唱力とピアノで繰り出される楽曲群は、聴く者を一篇の物語に誘うかのような説得力を持って迫ってきます。

ジャケットはメディア芸術祭漫画部門大賞の池辺葵氏
(「ねぇ、ママ」「プリンセスメゾン」)による描き下ろし!

[CD収録曲]

01.わたしはわたしのためのわたしでありたい
02.永遠
03.コインロッカーにて
04.かぜ薬
05.玉ねぎ
06.わたしのしあわせ
07.ぽたり
08.不幸ちゃん
09.最初のグー
10.癖

初回盤 CD+DVD

TECG-30121 / 2,778yen+税
・DVDには新録「ぽたり」&ライブ定番曲「わたくしごと」のスタジオ
弾き語りライブ映像と、「わたしはわたしのためのわたしでありたい」Music Videoを収録

通常盤 CDのみ

TECG-26122 / 2,407yen+税
・ボーナストラック:「きっと大丈夫」収録
(長野都市ガス(株)新企業CMタイアップソング)

★iTunes/Apple Music Special Package

https://itunes.apple.com/jp/album/1390414655
*ボーナストラック「花霞」収録

★Spotify

https://open.spotify.com/artist/4GxWcui9BlMJH9VOOK5wav

Special Contents

池辺葵 氏のアザーイラストを公開!
ジャケットに使用されている漫画の「その後」として描き下ろされたものとなっています。

池辺葵 氏のアザーイラストを公開!
ジャケットに使用されている漫画の「その後」として描き下ろされたものとなっています。

交換書簡

池辺葵 氏との交換書簡を開始しました!
お互いが相手に聞きたい事など様々な事を書いて文通形式で随時更新していきますのでお楽しみに。

池辺葵 氏との交換書簡を開始しました!
お互いが相手に聞きたい事など様々な事を書いて文通形式で随時更新していきますのでお楽しみに。

Video
interview

■ぴあ関西版WEB
「ちゃんと自分の尺度で自分の幸せを計れる人でありたい」
言葉にならない気持ちを信じて、諦めも自分も受け入れて進め
不器用に輝く愛しき才能、ヒグチアイの夢の途中――
http://kansai.pia.co.jp/interview/music/2018-07/higuchiai-hibiringring.html

■SPICE
"ヒグチアイ インタビュー “自身の多面性”を認めたうえで制作された最新アルバムを紐解く"
http://spice.eplus.jp/articles/194803

■CDジャーナルWEB
"「でもしょうがないんだよね」と言ってほしい。言ってあげたい―ヒグチアイの"らしさ"が詰まった『日々凛々』"
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/higuchi-ai/1000001401

■EMTG MUSIC
"ヒグチアイ、リアルな心情が色濃く押し出された2ndフルアルバム『日々凛々』をリリース"
http://music.emtg.jp/special/2018061194582048f

■excite music
"ヒグチアイ、2ndフルアルバム『日々凜々』をリリース ――逞しく優しい日々の歌/インタビュー前編"
https://www.excite.co.jp/News/emusic/20180619/E1529303254642.html

■Real Sound
http://www.realsound.jp/2018/06/post-206694.html
*5/31 WWW-Xできのこ帝国を迎え開催された、NEW ALBUM PRE-RELEASE PARTYのレポート掲載!

■ぴあ関西版WEB
「ちゃんと自分の尺度で自分の幸せを計れる人でありたい」
言葉にならない気持ちを信じて、諦めも自分も受け入れて進め
不器用に輝く愛しき才能、ヒグチアイの夢の途中――
http://kansai.pia.co.jp/interview/music/2018-07/higuchiai-hibiringring.html

■SPICE
"ヒグチアイ インタビュー “自身の多面性”を認めたうえで制作された最新アルバムを紐解く"
http://spice.eplus.jp/articles/194803

■CDジャーナルWEB
"「でもしょうがないんだよね」と言ってほしい。言ってあげたい―ヒグチアイの"らしさ"が詰まった『日々凛々』"
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/higuchi-ai/1000001401

■EMTG MUSIC
"ヒグチアイ、リアルな心情が色濃く押し出された2ndフルアルバム『日々凛々』をリリース"
http://music.emtg.jp/special/2018061194582048f

■excite music
"ヒグチアイ、2ndフルアルバム『日々凜々』をリリース ――逞しく優しい日々の歌/インタビュー前編"
https://www.excite.co.jp/News/
emusic/20180619/E1529303254642.html


■Real Sound
http://www.realsound.jp/2018/06/post-206694.html
*5/31 WWW-Xできのこ帝国を迎え開催された、NEW ALBUM PRE-RELEASE PARTYのレポート掲載!

Liner notes

「背中を押す」とか、そんな力いっぱいな作用じゃない。
日々もやもやした思いを抱えながら暮らす人、
ついつい自分をないがしろにしてしまいがちな人こそ、
心の中の淀みのようなものが押し流される気がする。

ここにあるのは、いわば、決意表明の歌だ。しなやかに、強くありたい。そういう願いが生々しい歌声と力強いピアノの響きから伝わってくる。
「わたしはわたしのためのわたしでありたい」から始まる全10曲。誰も見てないステージでも、
誰もトロフィーをくれなくても、走り続け、踊り続け、歌い続けると誓う。
ちっぽけな決意かもしれない。でも、そこに宿る熱は、きっと伝わると思う。

アルバム『百六十度』でメジャーデビューを果たしたシンガーソングライター、ヒグチアイ。これまで彼女が綴ってきた曲は、
いわば「自意識の回り道」に咲いた花のようなものだった。他者と自分、憧れと現実を見比べて生まれる葛藤や焦燥。素直になれない恋愛模様。
「自分がどう見られているか」に振り回されてしまう日々。それをときにリアルな言葉で、ときに架空の物語の主人公に託して歌ってきた。
SNSがこれだけ「みんなのもの」になった今の時代なら、誰もが身に覚えがある感覚だろう。

2枚目のフルアルバムとなる『日々凜々』でも、そういう彼女の根っ子にあるものは、きっと変わっていない。ただ、焦点が当てられているのは、
うずくまりくすぶる情念だけではない。その場所からすっくと立ち上がるときのエネルギーのようなものが描き出されている。
それが楽曲のモチーフにもつながっている。アレンジは多彩で、フックの強いピアノのフレーズを活かした刺激的なポップソングから、
アグレッシヴなバンドサウンド、 しっとりとしたピアノ弾き語りのバラードまで様々なタイプの曲調が揃っている。
ただ、どの曲にも芯の強さのようなものがあって、それがアルバム全体の統一感につながっている。

たとえば「永遠」で、「ああ ここにきて 気が付いた」と歌う前に息を吸い込む一瞬のブレス。たとえば「コインロッカーにて」の
アップテンポなビートに忍ばせた「とおりゃんせ とおりゃんせ」という毒。たとえば優しく包み込むような「かぜ薬」で、「引き出しの奥 丸い文字」と歌うときの声に宿る愛おしさ。いろんな聴き所がある。
なかでも僕が一番心が惹かれたのは「わたしのしあわせ」。「わたしのしあわせは だれのものでもない」と歌うときのどこか爽やかな声に、
まさにタイトル通りの凛とした響きがある。

いろんな人がそれぞれの人生に重ねられる、とても誠実な歌が詰まっている。世代とか性別とかに関係なく、日々もやもやした思いを抱えながら暮らす人、
ついつい自分をないがしろにしてしまいがちな人こそ、きっとヒグチアイの歌を聴いて、
心の中の淀みのようなものが押し流される気がするのではないかと思う。誰かの「背中を押す」とか、そんな力いっぱいな作用じゃない。
でも、こんな風に歌が誰かの気持ちに寄り添ってくれるのって、なんだかすごくいいと思う。

「背中を押す」とか、そんな力いっぱいな作用じゃない。 日々もやもやした思いを抱えながら暮らす人、 ついつい自分をないがしろにしてしまいがちな人こそ、 心の中の淀みのようなものが押し流される気がする。

ここにあるのは、いわば、決意表明の歌だ。しなやかに、強くありたい。そういう願いが生々しい歌声と力強いピアノの響きから伝わってくる。 「わたしはわたしのためのわたしでありたい」から始まる全10曲。誰も見てないステージでも、 誰もトロフィーをくれなくても、走り続け、踊り続け、歌い続けると誓う。 ちっぽけな決意かもしれない。でも、そこに宿る熱は、きっと伝わると思う。

アルバム『百六十度』でメジャーデビューを果たしたシンガーソングライター、ヒグチアイ。これまで彼女が綴ってきた曲は、 いわば「自意識の回り道」に咲いた花のようなものだった。他者と自分、憧れと現実を見比べて生まれる葛藤や焦燥。素直になれない恋愛模様。 「自分がどう見られているか」に振り回されてしまう日々。それをときにリアルな言葉で、ときに架空の物語の主人公に託して歌ってきた。 SNSがこれだけ「みんなのもの」になった今の時代なら、誰もが身に覚えがある感覚だろう。

2枚目のフルアルバムとなる『日々凜々』でも、そういう彼女の根っ子にあるものは、きっと変わっていない。ただ、焦点が当てられているのは、 うずくまりくすぶる情念だけではない。その場所からすっくと立ち上がるときのエネルギーのようなものが描き出されている。 それが楽曲のモチーフにもつながっている。アレンジは多彩で、フックの強いピアノのフレーズを活かした刺激的なポップソングから、 アグレッシヴなバンドサウンド、 しっとりとしたピアノ弾き語りのバラードまで様々なタイプの曲調が揃っている。 ただ、どの曲にも芯の強さのようなものがあって、それがアルバム全体の統一感につながっている。

たとえば「永遠」で、「ああ ここにきて 気が付いた」と歌う前に息を吸い込む一瞬のブレス。たとえば「コインロッカーにて」の アップテンポなビートに忍ばせた「とおりゃんせ とおりゃんせ」という毒。たとえば優しく包み込むような「かぜ薬」で、「引き出しの奥 丸い文字」と歌うときの声に宿る愛おしさ。いろんな聴き所がある。 なかでも僕が一番心が惹かれたのは「わたしのしあわせ」。「わたしのしあわせは だれのものでもない」と歌うときのどこか爽やかな声に、 まさにタイトル通りの凛とした響きがある。

いろんな人がそれぞれの人生に重ねられる、とても誠実な歌が詰まっている。世代とか性別とかに関係なく、日々もやもやした思いを抱えながら暮らす人、 ついつい自分をないがしろにしてしまいがちな人こそ、きっとヒグチアイの歌を聴いて、 心の中の淀みのようなものが押し流される気がするのではないかと思う。誰かの「背中を押す」とか、そんな力いっぱいな作用じゃない。 でも、こんな風に歌が誰かの気持ちに寄り添ってくれるのって、なんだかすごくいいと思う。

柴 那典[音楽ジャーナリスト]

柴 那典[音楽ジャーナリスト]

Self liner notes

「凛とする」という言葉の意味の美しさと強さに憧れている。
わたしはそこからちょっと離れたところにいる、と思っていた。
毎日うじうじしているし常に湿度80%でぐずぐずしている。
でも、果たしてからっと前向きにいることだけが凛とすることだろうか。
自分を自分として受け入れることも、凛とすることではないだろうか。
下を向いていても、後ろを向いていても、そこに立つということ。
そこで生きるということ。
優しく、たくましく生きる人たちのうた。
日々、凛々と生きるあなたのうた。

信じる、というのはわたしの人生のテーマであると思う。
誰を、なにを、どうして、だから、そういう答えを今作を作りながら考え続けていた。
答えはまだ、ない。
わたしは基本的にネガティブだしすごく後悔の多い人間で、それに足を引っ張られたりする。
石橋は叩いて叩いて叩いて渡らないし、なんだかいろんなものにこわがっている気がする。
でっかい後悔からもう何年も経ってしまった。もしまた同じことがあったらどうしよう、と不安になる。
それは変わらないし変えられないから、そうならないように必死に足掻く。
そしてもし大切な人に裏切られてもいいように、自分のことだけは信じてあげられるようになろうとする。
頭の片隅でいつも裏切られる心配をしている。でもその状態がわたしの最大限の信頼である、と思う。
いつだったらわたしのことをわたしは好きでいただろうか、とか、いつわたしはわたしを裏切ったのだろうか、とか。
だれかを好きだと思うことも、自分を信じること。自分の意識を信じること。
肯定する気持ちの方が否定する気持ちよりも難しいのはなんでだろう。好きよりも嫌いの方がわかりやすい。

自分と向き合うとき、幼少期を思い返す。
わたしの可愛さのピークは2歳で、まわりからとてもちやほやされた。愛情を一身に受けて常に愛情満腹状態で大きくなった。
幼稚園でも小学生になっても、女の子にも男の子からもモテた。それが当たり前だと思っていた。
だけど、高学年になって少しずつ翳り出した。冗談も言えて活発でよく笑う可愛い子や、さらっとした顔の大人になったら絶対美人!(本当にそうなった)な子がモテた。
甘やかされて育ったわたしは、女王様的な感覚で、なんでわたしがちやほやされないの?と思っていた。そのあたりから段々性格がねじ曲がり始めた。
中学生の時はモテることを必死で体現したかった。今その頃の写真を見ると特にブスだ。
常に彼氏のような存在がいて、常に遊べる男友達がいた。結果いじめられた。
そんなに悲惨なものではなかったし、わたしも強気な性格だったからいつか見返すと思っていた。リーダー格の女子に取り入ってグループに入り、
逆にいじめられる立場にすることで復讐した。何度も何度もそういうサイクルが行われて、結局今でも連絡がとれる中学のときの友だちは一人もいない。
自分の存在意義を他人の中に求めて、つかもうとして、歪みきった。その後悔が今のネガティブさの根源かもしれない。

2歳の頃からクラシックピアノをやってきて、中学2年生の頃にやめた。そこそこうまかった。練習もちゃんとしたし、コンクールで賞も獲った。
でも全然楽しくなかった。それはもう、嫌いだと言えるぐらいだった。
それでも母親に褒めてもらうためにやっていた。
兄は頭がよかったし、妹は末っ子だからとなにかと面倒を見てもらっていた。わたしはなにもなかった。と思っていた。
言うことを聞いていい子でいることでしか褒めてもらえない。
外でどれだけやんちゃをしても、母に、あいちゃんは手のかからないいい子だと思われたかった。
いつの間にか、自分というものが薄れていて、どこに行ったってその場のわたしでしかいられなかった。

感情に正直にいたい。
どこの椅子に座りたいか、どんなランチが食べたいか、わたしの感情に敏感でいたい。譲る必要なんかない。
わたしより譲る気持ちがない人がたくさんいる。そして、わたしは衝突したくない嫌われたくない怒られたくない。
それなら、わたしが譲ってあげる。わたしの方が譲るの上手だし。
そうやって薄く薄くなっていくわたし。自分に鈍感になっていく。
いつかゼロになってしまうのだろうか。消えないように探している。信じることでわたしを見つけることができる、気がする。

ヒグチアイ

「凛とする」という言葉の意味の美しさと強さに憧れている。 わたしはそこからちょっと離れたところにいる、と思っていた。 毎日うじうじしているし常に湿度80%でぐずぐずしている。 でも、果たしてからっと前向きにいることだけが凛とすることだろうか。 自分を自分として受け入れることも、凛とすることではないだろうか。 下を向いていても、後ろを向いていても、そこに立つということ。 そこで生きるということ。 優しく、たくましく生きる人たちのうた。 日々、凛々と生きるあなたのうた。

信じる、というのはわたしの人生のテーマであると思う。 誰を、なにを、どうして、だから、そういう答えを今作を作りながら考え続けていた。 答えはまだ、ない。 わたしは基本的にネガティブだしすごく後悔の多い人間で、それに足を引っ張られたりする。 石橋は叩いて叩いて叩いて渡らないし、なんだかいろんなものにこわがっている気がする。 でっかい後悔からもう何年も経ってしまった。もしまた同じことがあったらどうしよう、と不安になる。 それは変わらないし変えられないから、そうならないように必死に足掻く。 そしてもし大切な人に裏切られてもいいように、自分のことだけは信じてあげられるようになろうとする。 頭の片隅でいつも裏切られる心配をしている。でもその状態がわたしの最大限の信頼である、と思う。 いつだったらわたしのことをわたしは好きでいただろうか、とか、いつわたしはわたしを裏切ったのだろうか、とか。 だれかを好きだと思うことも、自分を信じること。自分の意識を信じること。 肯定する気持ちの方が否定する気持ちよりも難しいのはなんでだろう。好きよりも嫌いの方がわかりやすい。

自分と向き合うとき、幼少期を思い返す。 わたしの可愛さのピークは2歳で、まわりからとてもちやほやされた。愛情を一身に受けて常に愛情満腹状態で大きくなった。 幼稚園でも小学生になっても、女の子にも男の子からもモテた。それが当たり前だと思っていた。 だけど、高学年になって少しずつ翳り出した。冗談も言えて活発でよく笑う可愛い子や、さらっとした顔の大人になったら絶対美人!(本当にそうなった)な子がモテた。 甘やかされて育ったわたしは、女王様的な感覚で、なんでわたしがちやほやされないの?と思っていた。そのあたりから段々性格がねじ曲がり始めた。 中学生の時はモテることを必死で体現したかった。今その頃の写真を見ると特にブスだ。 常に彼氏のような存在がいて、常に遊べる男友達がいた。結果いじめられた。 そんなに悲惨なものではなかったし、わたしも強気な性格だったからいつか見返すと思っていた。リーダー格の女子に取り入ってグループに入り、 逆にいじめられる立場にすることで復讐した。何度も何度もそういうサイクルが行われて、結局今でも連絡がとれる中学のときの友だちは一人もいない。 自分の存在意義を他人の中に求めて、つかもうとして、歪みきった。その後悔が今のネガティブさの根源かもしれない。

2歳の頃からクラシックピアノをやってきて、中学2年生の頃にやめた。そこそこうまかった。練習もちゃんとしたし、コンクールで賞も獲った。 でも全然楽しくなかった。それはもう、嫌いだと言えるぐらいだった。 それでも母親に褒めてもらうためにやっていた。 兄は頭がよかったし、妹は末っ子だからとなにかと面倒を見てもらっていた。わたしはなにもなかった。と思っていた。 言うことを聞いていい子でいることでしか褒めてもらえない。 外でどれだけやんちゃをしても、母に、あいちゃんは手のかからないいい子だと思われたかった。 いつの間にか、自分というものが薄れていて、どこに行ったってその場のわたしでしかいられなかった。

感情に正直にいたい。 どこの椅子に座りたいか、どんなランチが食べたいか、わたしの感情に敏感でいたい。譲る必要なんかない。 わたしより譲る気持ちがない人がたくさんいる。そして、わたしは衝突したくない嫌われたくない怒られたくない。 それなら、わたしが譲ってあげる。わたしの方が譲るの上手だし。 そうやって薄く薄くなっていくわたし。自分に鈍感になっていく。 いつかゼロになってしまうのだろうか。消えないように探している。信じることでわたしを見つけることができる、気がする。

ヒグチアイ

Live
HIGUCHIAI presents
好きな人の好きな人 meets 片平里菜
長野
2018/11/23(金祝)

会場:長野 LIVE HOUSE J
LIVE HOUSE J 25th Anniversary Special Program

open 17:30 / start 18:00

act: ヒグチアイ / 片平里菜

info: FOB新潟 025-229-5000

東京
2018/11/28(水)

会場:渋谷 WWW-X

open 18:30 / start 19:00

act: ヒグチアイ / 片平里菜

info: SOGO TOKYO 03-3405-9999

ALL STANDING
チケット前売3800円(税込) / 当日4300円(税込) +ドリンク代別途
※3歳以上チケット必要

★チケット一般発売:9月22日(土) 10:00
★オフィシャル先行:
抽選受付期間:8/9(木)18:00~8/20(月)23:59
受付URL:http://eplus.jp/higuchi-katahira/
Photo by Viola Kam (V'z Twinkle) 

HIGUCHIAI band one-man live 2018
7.16 OSAKA & 7.21 TOKYO

ba 御供信弘 / dr 伊藤大地 / gt ひぐちけい